2023年12月17日に、不整脈が急変したことで亡くなった錣山親方。
今回は、亡くなるまでの間に激やせしていたということで
痩せてしまったのはいつからだったのか
何が原因だったのか調査しました。
錣山親方(元関脇寺尾)のプロフィール
- 名前:錣山親方(しころやまおやかた)
- 別名:寺尾常史(てらおつねふみ)
- 本名:福薗好文(ふくぞのよしふみ)
- 生年月日:1963年2月2日
- 没年月日:2023年12月17日
- 年齢:60歳
- 出身地: 鹿児島県姶良郡加治木町
- 職業:元大相撲力士、錣山部屋の師匠
現役時代の得意技は突っ張り、押し、いなし、叩き、下手投げ。
最高位は東関脇です。
【画像12選】錣山親方の激やせはいつから?
2023年12月17日に、不整脈の急変で亡くなった錣山親方ですが、
「激やせしていた」と言われていました。
こちらは、錣山親方の現役時代です↓
身長185cmで、体重116kgあったということですが
いつから痩せてしまっていたのか画像と一緒に見ていきたいと思います。
2015年1月:不整脈で検査入院(52歳)
錣山親方は2015年には、既に不整脈で検査入院するなど心臓を悪くしていたようです。
兄の井筒は
現役時代の稽古で心臓に負担がかかり、心臓肥大していたのは間違いない
と話し、体調を心配していたようです。
2015年1月29日に錣山部屋の阿炎関が四股名を改名した際の画像です↓
この時は体調が悪くなり始めたころですが、容姿にあまり変化はないように感じますね。
2016年1月:(53歳)
こちらは、豊真将の断髪式で大銀杏に止めばさみを入れる錣山親方です↓
あまり容姿には変化がないようです。
2017年12月:(54歳)
2017年12月に、時津風一門を離脱した際に行われた会見の時の画像です↓
激やせとは言えませんが、
少し頬のあたりがシュッとした印象はありますね。
2017年7月場所では、体調面を考慮して審判部を外れていたそうです。
2018年2月:(55歳)
副理事選に出馬した際の画像です↓
2019年9月:(56歳)
向正面の解説役をしている時の画像です↓
兄である井筒親方(元関脇逆鉾)が、2019年9月16日に亡くなった
次の日に向正面の解説役として仕事をしていました。
元十両・鶴嶺山の兄とともに病院で看取ったことを明かしています。
それもあり、少し疲れた印象もあります。
2020年:(57歳)
2020年の頃の錣山親方です↓
痩せたようには見えませんが、
髪には白髪が目立ち、年相応の見た目だと思われます。
2021年9月:坊主(58歳)
坊主にした錣山親方です↓
あまり痩せているようには見えませんが、
ビニール袋をして感染症対策をしていました。
坊主にしたことで印象も変わりましたね。
2022年12月:(59歳)
2022年11月大相撲九州場所、
弟子の阿炎が初となる幕内最高優勝をした際の2ショット↓
この場所中は、不整脈のため、入院中で
「心臓で入院しているのにバクバクさせるなよ」
と言っていたそうです。
12月18日には阿炎関と共に会見の場に出ていたので、
入院期間は1ヶ月ほどだったのかもしれませんね。
2023年1月:激やせ(60歳)
2023年1月の錣山親方の画像です↓
2022年11月に入院していたため、マスク着用で、手にはビニール手袋をしていて
感染症対策に気を付けているようですね。
マスクをしていてもわかるほどに、痩せてしまっているように見えます。
退院後も体調が悪かったのでしょう。
2023年3月:目にも変化
2023年3月の錣山親方の画像です↓
2023年1月の時同様に、マスク着用で、手にはビニール手袋をしていて
感染症対策にとても気を付けていることがわかります。
目がくぼんでしまっていて、肩幅も小さくなった印象です。
この時には、かなり体調が悪かったのかもしれませんね。
2023年9月23日:入院生活
東京都内の病院で入院生活を送っていたようです。
そして、2023年12月16日の夕方に不整脈の影響により容態が急変。
12月17日20時27分に、「うっ血性心不全」のため入院先の病院で60歳で亡くなりました。
2023年に入ってから、特に見た目に変化があったようです。
繰り返しの入院生活で体力も落ちてしまっていたのかもしれませんね。