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矢澤亜季はハーフ?両親はどんな人で家族構成は?

パリオリンピックに出場が決定した、カヌー女子日本代表の矢澤亜季選手。

父や兄もカヌーの選手というカヌー一家で、その実力は世界的に知られています。

そんな矢澤亜季選手は、ハーフではないか?という噂があるようです!

今回は、矢澤亜季さんのハーフ説や家族構成について、調査しました!

ぜひ、最後までご覧ください。

矢澤亜季の基本プロフィール

  • 氏名  :矢澤亜季(やざわ あき)
  • 生年月日:1991年11月5日(32歳 ※2024年5月時点)
  • 身長 :156cm
  • 体重 :54kg
  • 所属 :昭和飛行機都市開発
  • 学歴 :駿河台大
  • 出身地 :長野県飯田市
  • 血液型 :AB型
  • 趣味  :買い物、釣り、トレーニング

矢澤亜季さんは、小学校3年生のときにカヌーを始めました。

父親の指導のもとで、兄が先にカヌーを始めており、練習について行くことに。

一目で、「自分もやってみたい!」と申し出たそうですよ。

小さなボートに乗り、スイスイと水上を動き回る楽しさに、すっかりハマったと言います。

長野県飯田市には巨大な天竜川があり、ラフティングスポットとしても人気です。

ここは矢澤亜季さんにとって、幼い頃からの練習場だったとか。

オリンピックを目指すようになったのは、中学2年生のとき。

中学時代は部活動がなく、週末の練習と平日の3日間、カヌーに没頭していました。

そして、ジュニア日本代表入りへ。

しかし、海外選手たちのレベルの高さに圧倒され、「このままでは負けてしまう」と感じます。

大学進学時は留学も候補にあがりましたが、海外生活の不安もあり、駿河台大学へ。

また駿河台大学には、オリンピック出場経験のあるコーチがいたのも決めてでした。

その後2014年には、アジア大会3位、2018年にはアジア大会優勝という成績をおさめています。

日本選手権はカヤックシングルで6回、カナディアンシングルで4回も優勝に輝いています。

そして、リオ、東京と2大会連続でオリンピックへの切符をつかみ取りました。

矢澤亜季さんが出場するのは、急流に挑むカヌースラローム。

ゲートを通過する技術とスピードがポイントで、カヌーの中でも人気のプログラムです。

東京オリンピックでは、惜しくも準決勝で敗退。

新たなスタートラインに立ったという気持ちで、パリオリンピックを目指します。

そして、パリオリンピック予選を兼ねた世界選手権では、28位で出場枠を獲得。

見事、3大会連続の出場となりました。

そして、カヌーの強豪国、スロベニアに練習拠点を移しています。




矢澤亜季はハーフではない

矢澤亜季さんは、「ハーフではないか?」という噂があるようです。

たしかに整った顔立ちと濠が深いことで、見た目が日本人っぽくないと思うのでしょう。

しかし、矢澤亜季さんは純粋な日本人です。

日焼けした小麦色の肌もあいまって、ハーフに見えたのでしょうね。

ただオリンピックに出場している時点で、日本国籍ということが分かります。

理由①両親は日本人

矢澤亜季さんは、両親が日本人の純日本人です。

目鼻立ちがはっきりとした整った顔立ちなので、日本人ぽく見えないと思う人が多いのでしょう。

理由②日本舞踊と茶道を学んでいる

矢澤亜季さんは、3歳から日本舞踊や茶道を習っています。

カヌーよりも長いそうで、祖母に習ったのがきっかけで、現在も続けています。

カヌーは“動”で日本舞踊は“静”という相反する世界なのですが、矢澤亜季さんは心身のバランスを取る上で、かなり役立っていると言います。

カヌーの試合前に精神を落ち着かせたいときは、日本舞踊のお稽古をするとか。

日本舞踊つながりで、東京のおすすめスポットは浅草だそうですよ。

中学生の頃、舞台用のカツラを探すために、長野から初めて浅草へ。

江戸情緒あふれるお店にわくわくした矢澤亜季さん。

日本舞踊の公演も多く開催される、浅草公会堂の舞台に立つという夢もあります

矢澤亜季の両親はどんな人?

矢澤亜季さんの両親は、どんな人なのでしょうか?順番に見ていきましょう。

矢澤亜季の父親

矢澤亜季さんの父親は、元カヌー選手です。

その影響で、矢澤亜季さんと兄も、小学生から競技を始めました。

父親はアウトドアが大好きで、週末には自然の中で遊ぶように。

遊びの一つがカヌーや釣りだったようですね。

地元の天竜川が練習場となり、父親の指導のもと、技術を磨いていきました。

中学校入学を機に、カヌーを買ってもらい、本格的に競技を始めます。

学校との両立は大変で、夜の練習は発電機を持参。

父親がライトで川を照らし、ゲートを設置してくれました。

父が練習ポイントを探してくれてたことで、矢澤亜季さんも集中できたそうです。

矢澤亜季の母親

矢澤亜季さんの母親については、特に情報がありませんでした。

矢澤亜季さんは中学校まで長野県飯田市に住んでおり、卒業と同時に上京しています。

学校の寮に入っていたのか、母親は心配だったと思います。

実家にいるときは、食事の面などサポートしてくれたのでしょう。




矢澤亜季の家族構成は?

矢澤亜季さんの家族構成は、両親と兄の4人です。

お兄さんの矢沢一輝さんも、カヌー選手。

リオデジャネイロオリンピックでは、日本代表に選ばれています。

しかも矢沢一輝さんは、当時現役のお坊さん。僧侶でオリンピック選手という、異色の経歴なのです。

兄が先にカヌーを始めており、それに影響された矢澤亜季さん。

当時は水泳、お茶、西川流日本舞踊と色々と習い事をしていました。

しかし、だんだんカヌーへのウェイトが大きくなっていきます。

父は仕事が終わって18時ごろ帰宅し、兄妹2人を車で練習場に連れていくという日々でした。

矢沢一輝さんは「お坊さんアスリート」として注目を集め、一時期練習拠点を青森県西目屋村に移していました。

リオオリンピック後は、善光寺大勧進の僧侶を辞め、競技に集中しています。

兄妹そろって、日本代表とはすごいですよね。

僧侶とカヌーというのはまた驚きですが、マイナー競技のカヌーだけでは、なかなか生活が難しいとか。

長野県のカヌー連盟会長が、善光寺寿量院の住職の小山健英さん。

その縁もあって、出家を決断したそうです。

兄妹仲は良好で、矢澤亜季さんが辛い時、兄の激励メールが飛ぶとか。

矢澤亜季さんが昭和飛行機工業に入社し、社会人アスリートとしてなかなか結果が出せなかったとき。

「結果が残せないようでは会社に貢献できない。」と、かなりキツイ言葉だったそうです。

しかしそこで奮起させられて、感謝していると言います。

ぜひ家族の応援を力に、オリンピックではメダルを獲得してほしいですね!

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